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2000 10/16 日経新聞 -抜粋-
企業が保有する資産を市場価格に基づいて厳格に評価する時価会計が始まり、最初の関門である9月中間決算の発表が本格化する。バブル期に取得した土地や株式などの含み損が表面化し巨額の損失を計上する企業も少なくない。時価会計導入は単に会計制度変更にとどまらず、株式持ちあいや含み益に支えられてきた日本経済をも変えつつある。
■本番迎えた時価会計■
◇負の遺産処理 企業に迫る◇
ピーク時の1割
相場は1990年のピーク時に比べて「平均で10分の1」。会員権で10億を超す含み損を処理する企業が相次ぎそうだ。
2001年3月期から時価会計が適用になる資産は、販売用不動産、株式など有価証券、ゴルフ会員権と幅広い範囲に及ぶ。新ルールは今9月中間決算から義務付けられ、経営基盤を揺さぶられる企業もある。
問われる監査
「この9月末にできるだけ処理すべきだ」「血の出るような合理化努力の真っ最中にそんな大きな損は出せない」
ある中堅製紙会社では9月中間決算を巡って監査法人と経営陣が攻防を続けている。会計士は株式などの含み損を極力前倒しで処理するよう主張。損失は最大50億になり、同社の前期末の株式資本金の3分の2を超す規模だ。経営陣は苦悩するが、決算発表の期限は刻一刻と迫ってきた。
監査法人が過去のしがらみを捨て妥協を許さない監査を始めたことも、企業が負の遺産処理から逃れられなくなった背景にある。「7月に決まった新しい会計基準に対するには他に手がなかった」。取引銀行に計4500億円の債権放棄を要請した熊谷組。松本良夫社長は9月18日の再建計画発表の席上、無念さをにじませた。
7月の基準とは販売用不動産の含み損処理を義務付けた日本公認会計士協会の指針。建設業界から出た適用延期などの要望を一切受け入れず、厳格な運用を求めた。熊谷組は今期に販売用不動産で420億円の損失計上を余儀なくされ、自力再建を断念させる最後の一撃となった。
監査法人の姿勢の変化にはわけがある。
企業の経営破綻後に粉飾決算が相次いで発覚するなど、国内外から日本は監査の質に疑いの目を向けられている。時価会計などの国際ルールに会計基準をそろえた後は「監査の実務レベルが国際並になっているかが問われている」
上場企業2180社が固定資産で保有する土地の簿価は、2000年3月期で計38兆円。91年3月期のほぼ2倍だ。この10年で全国の商業地の公示地下は約5割になっており、企業の所有地の含み損が拡大していることは容易に想像できる。
◇透明性評価を◇
経営の透明性や健全性を高めようと、この損失を前倒しで計上する動きもある。三井不動産は2001年3月期に一部のレジャー施設の含み損を200億円程度処理する。事業活動に使う土地など固定資産はまだ時価会計の対象外で、含み損の処理を求める「減損会計」は2003年3月期にも導入の予定。だが三井不動産は、「今期でグレープに残る損失は一掃する」と宣言する。
2002年3月期から始まる持ち合い株への時価評価も、日立製作所や日石三菱などがこの9月中間決算から適用する。持ち合い株の時価評価は「株式相場などへの影響が大きい」などの産業界の声を受けて導入が先送りされた経緯がある。「新しい会計制度を先取りしていくことで透明性の高い情報開示をし、マーケットから適正な評価を受けたい」と前向きにとらえる有力企業も増えている。
時価会計が迫る資産の適正評価。企業は負の遺産の処理をギリギリまで先送りするのか、前倒しで採用し次の経営戦略を打ち出す材料にするのか。取り組みの違いが、新たな競争力格差を生もうとしている。